『第三の極地―エヴェレスト、その夢と死と謎』
2023年 マーク・シノット
1953年のエドマンド・ヒラリーとテンジン・ノルゲイが北東稜から初登頂した。
その30年前の1924年6月ジョージ・マロリーとアンドリュー・アーヴィンが山頂手前標高8600m付近でノエル・オデールに見られたのを最後に行方不明になった。彼らが「登頂したあとに遭難した」可能性は今も残されている。
今でこそ第二ステップに中国隊が設置した梯子が設置されているが、1924年にはなかったのだ。2010年クライマーのコンラッド・アンカーはシェルパに依頼してセカンドステップのハシゴを外し、6mのクラックをフリークライミングで登った(これは高所での記録となる)アンカーはその時、マロリーはここを越えることは出来ないだろうと答えた。
たとえ越えることが出来ても、下ることはさらに困難なため滑落は必至だ。
1999年5月マロリーの遺体は発見されたが、その時も決定的な証拠となり得るコダックのカメラは付近で発見されなかった。
筆者であるクライマーのマーク・シノットは、2019年、カメラをテクノロジーを駆使して捜索する過酷な遠征隊に参加した。ドローンを駆使して計算上ここに違いないと想定される地点を探したがアービンもカメラも発見できなかった。
この本はただのコダックカメラ捜索だけを語っていない。現代のエベレスト登山事情を、もしかするとその内容の方がメインなのかもしれない。
毎年大金を払って登る素人登山家たちは北東稜、南東稜合わせて800人(シエルパ含む)を超えるという。そんな登山者のために命をすり減らして働くシェルパ(金のためとはいえ)さらにはチベット側の中国政府との駆け引き。第二ステップ付近で放置されている複数の遭難者を横目で見て通り過ぎていく登山者の群れ。
エベレストの歴史的背景、過去の捜索隊の足跡、もうここには先鋭的アルパインクライミングなど起こりえない現実を見ることできる。エベレストに登ってもニュースにもならない。なるのは何人遭難したか、人であふれるヒラリーステップの渋滞だけだ。
ヨーロッパ系、そして現地のガイド会社乱立によって富裕層の夢の観光地となった。
読んでいて予想していた以上にエベレスト登山はカオスになっている事を知らされた。内容が濃いため、読み終わると疲労感を感じた。